Special Interview

〜フロント・ランナーに迫る!〜

時期が来るまで、バネは伸ばさず種をまく
2020年12月23日

Guest:
社会保険労務士法人コーチジャパン 代表社員/山崎 隆延 氏

Interviewer:
株式会社ミナジン 代表取締役社長/佐藤 栄哲

 

変化の激しい社会状況下、これからの社労士はどうあるべきか? 株式会社ミナジン・代表佐藤栄哲が、業界をけん引するフロント・ランナーたちの軌跡と知見に迫ります!

 

毎日ハローワークに行き、片っ端から電話した

佐藤 山崎代表は、長野県最大の社労士事務所・社会保険労務士法人コーチジャパンの代表として、現在600件の顧問先を抱えていらっしゃる。お父様の社労士事務所の2代目としてキャリアをスタートされ、いかにここまで拡大させたのか? 今日はその軌跡やこれからの社労士の在り方についてお聞きしたいと思っています。もともと社労士になろうと思っていたのですか?

山崎 まったく思っていませんでした。(笑)僕は高校からずっとバンド活動ばかりしていて、大学の終わりには就職活動もしてギターの会社で内定をもらっていた。そこでギターを作る職人としてやっていこうと考えていたんです。しかし、父が社労士事務所を立ち上げて、顧問先が100件を超えたら手伝ってくれと言われていた。でも、まさか100件なんて簡単ではないから無理だろうと。しかし、超えてしまった。そこで親父との約束を守るべく、僕も参加し始めました。

佐藤 では、そこから資格取得のために勉強を?

山崎 そうです。一念発起して勉強をして、1回目のチャレンジで合格しました。

佐藤 2代目というのは、なかなかプレッシャーが大きいものですよね。

山崎 周りから、親父を早く超えろと言われ……でも、親父は飲み屋に行ったら隣に座ったお客さんと仲良くなり営業をかけるし、ゴルフの付き合いもするタイプ。ところが僕は、飲み屋もいかないしゴルフもしない。だから、違うやり方をしようと。親父を超えるとか考えず、時代や自分に合ったことをやろうと思いました。

佐藤 具体的にはどんなことをされたのですか?

山崎 当然、いきなり親父は越えられない。経験不足を補うために営業をするしかなかった。だから22歳で働き始めて、毎朝2時間ハローワークに行き求人票を見て、社会保険・労働保険に加入していない会社を全部チェックした。そして片っ端から電話をかけ、「今求人を出されていますが労災も社会保険も入ってない会社はないですよ。お話しますから伺います」と。それで、年間160件の顧問先を獲得した。その後、仕事をこなすのが大変でしたが、スタートダッシュが良かったと思います。

佐藤 1人で160件の顧問先を獲得する取るというのは驚異的ですね。(笑)社労士の方は営業が苦手な方が多い。山崎代表は営業に抵抗がなかったのですか?

山崎 おかげさまで高校・大学時代にやっていたアマチュアバンドの活動が、市民会館をいっぱいにするくらいの人気があったんです。だから、地元企業の皆さんから広告を出してもらえたし、広告塔的な役割だったんですね。つねに黒字で運営して、集まったお金は全部、社会福祉関係に寄付していました。全国高等学校長協会から表彰されたこともあります。もともと地元に顔が広かったので、その関係をベースにたくさん営業をかけましたね。この時の経験が後でとても役に立っています。

佐藤 そんなに若い頃からすでに営業力があったのがすごいですね。

山崎 逆に言うとこれしかないし、これが僕のすべて。講演会もよくやりますが、ここから仕事につながるのは1件か2件です。でも、本気で動けばもっといける。種はいくらでもあると思っています。

 

バネを縮めて一気に飛ぶ

佐藤 山崎代表は、8年前からFM長野で『Happy Smile』というラジオ番組を持ち、県内のリスナーに向けて情報発信もされていますね。社労士がパーソナリティーを務める番組があるということに驚きました。

山崎 僕はラインもやらないしフェイスブックもしない、ネットのアドレスもないんですよ(笑)だから、月に一度担当するFMで、テーマを決めて30分間好きなことを話すんです。ターゲットは社員50名以上くらいの会社に絞っています。ここで情報発信をしておけば、社長とか取締役、人事担当者が聴いてくれる。うちの会社名や僕の声を日ごろから聴いているので、社労士が必要になった時、サイトを見てくれる。また、会っている気分がすでにあるから安心するんです。

佐藤 情報発信の重要性はわかっていても、社労士の業界でそれを積極的にする方は少ない。やろうと思ったきっかけは何だったのでしょう。

山崎 僕はつねづね「時期が来るまではバネは伸ばさない」と言っています。バネを一生懸命縮めて、何を情報発信したらいいか、何をやったらいいかというタイミングを狙って、商品を作ったり、人脈の種だけを蒔いておいたりする。

佐藤 機が熟するのを見計らっていらっしゃる。

山崎 たとえば今のコロナの状況ではそんなに動いてもお客様は取れない。この時期はため込む時期ですよね。商品を作って、ここだという時が来て、バンとはじけた瞬間に商品を出すのが僕たちのポイントです。

佐藤 山崎代表にとって、そのはじけた時期とはいつですか?

山崎 ちょうど8年前の2月ですね。東京へ出て成功していた大手の税理士さんが電話をくれたんです。近々、松本市に行くからと言うので、てっきり仕事を頼まれるのだと思っていた。すると、今度社労士の事務所を出すんだよと言う。これはゆっくりしておらんぞと思いました。我々が社労士として頑張るには、今の上田事務所だけでなく、長野市にも松本市にも事務所を出そうと決めた。スタッフを集め場所を探し、一気に準備して、その年の6月にオープンしました。

佐藤 わずか4カ月で2カ所に営業所をオープンするとは……さすがのスピード感ですね。

山崎 うちに来てほしくないという社労士事務所もあったかもしれません。でも、すでに関係を結ばれているクライアントさんを取るのではなく、まだ社労士に関与してなかった企業様に絞って関わらせていただくというスタンスを取りました。

 

 

 

多様化を受け入れ、可能性を広げる

佐藤 事業継承に苦労し失敗される企業が多い中で、さらに拡大させ長野県一にまでに育てたのが素晴らしいですね。

山崎 ここまで来られたのはスタッフのおかげですね。親父は、社労士は身内でやるべきだという考えだった。でも僕は、それでは広がりも発展もない、外の方々の力が必要だと思った。今当社では、法律に強いスタッフや元監督署の署長だった方にも参加してもらい、ダメなものはダメだと徹底的に言ってもらっています。多様化が大切で、いろんな人と仕事をして意見を取り入れることが絶対重要ですね。だからコーチジャパンヤマザキという社名を、長野市と松本市に支社を出す時に、コーチジャパンと社名変更したんです。

佐藤 山崎代表から見て、今の社労士の人たちに必要なことは何だと思いますか?

山崎 自分たちができる範疇に留まらない方がいいですね。仕事に、このくらいで良いはないと思います。最近は、50件くらいクライアントを持ったらそれでいいやとなる人が多い。でも、その程度の頑張りを見てお客様が付くでしょうか。また、その50件との関係がこの先ずっと続くとは限らないので、つねに新たな層を広げるべきです。また、新しいお客様との出会いによって教えてもらうこともたくさんある。やってもやっても足りない、そうあるべきです。たとえば、当社はISOを2つ取っていますが、そういう社労士事務所は少ない。でもこれも、お客様に対して仕事をしっかりやっていますよという証になる。できることはすべてやる。そのスタンスが信頼へとつながるのだと思います。

佐藤 安心して頼める社労士を見つけられたら、企業はそう簡単に離れないものですよね。

山崎 55年間でうちからよそに移ったのは片手で足りるくらいしかありません。また、周りの値段に合わせて安くする必要はないと思っています。東京で仕事をすると、うちの価格体系が高いと言われることがあります。でも、うちの味わいを知ったら離れられないと確信しています。また、それにふさわしい仕事をしているという自負もありますから。

 

システムを使わないと時代に遅れる

佐藤 社労士にとってシステムを活用したコンサルティングはどう思われますか?

山崎 これからの社労士はシステムを使うしかないと思っています。そうしないと時代に遅れる。私もつねに、いろんな情報や岩崎仁弥先生の発信などを聞きながらやっています。そして、実際に時間とお金使っていろんなシステムも試している。使えないものもたくさんありましたが、その中でもミナジンさんとは今も続いている。クライアントに紹介したこともあります。

佐藤 ありがとうございます。社労士の方々も、時代の波に乗ってシステムを活用しコンサルへと移行してほしい。その方が、経営状況も良くなりますしね。

山崎 もうコンサルをやるしかない。でも、社労士さんを見ていると、やるにあたっての力量が弱すぎるとも感じます。親父臭い意見かもしれませんが、コンサルは相当信用されないと任されない。しっかりと、情報を集め、試し、自分磨きをしながら準備をする。それがこれからの社労士にとって大切です。

佐藤 本日はありがとうございました。

 

 

 

取材協力

 

社会保険労務士法人コーチジャパン 代表社員/山崎 隆延 氏
昭和53年大学1955年、長野県上田市生まれ 東北福祉大学卒業後、“可能性へのチャレンジ”を胸に山崎社会保険労務管理事務所へ入社。翌年、23歳で社会保険労務士試験合格。当時100社だった顧問先を25歳で250社に引き上げる。現在、600社の顧問先を社労士5名、スタッフ16名のチームコーチジャパンで支える。
夢は、労務監査法人創設と、公正な社会の構築です。