打刻の丸め処理をめぐる未払い賃金リスク

業界を問わず繰り返される是正勧告——その背景にある「まるめ」の実態と正しい対処法

出勤打刻を「15分刻みで切り上げ」、退勤打刻を「15分刻みで切り捨て」——こうした運用が、大手チェーンから医療機関まで業種を問わず問題となり、是正勧告や裁判に発展する事例が相次いでいます。

本記事では、打刻の「丸め処理(まるめ)」がなぜ違法とされるのか、どのようなパターンが現場で問題になっているのか、実際の事例と具体的な数字を使って整理します。

「丸め処理」とは何か——原則は1分単位

打刻の「丸め処理(まるめ)」とは、出退勤時刻の端数を切り上げ・切り捨て・四捨五入して、5分・15分・30分などの単位に揃える処理のことです。給与計算の手間を減らすために導入している企業は少なくありませんが、労働時間の管理は原則として1分単位で行わなければなりません

根拠は労働基準法第24条「賃金全額払いの原則」です。労働者が実際に働いた時間に対する賃金を全額支払う義務がある以上、丸め処理によって実労働時間が短く計算されることは、賃金の不払いに直結します。

🔴 法的根拠

労働基準法第24条(全額払いの原則):賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。丸め処理によって実労働時間が削られた分は、この「全額」に含まれない未払い賃金として扱われます。

違法な丸め処理のパターン一覧

現場でよく見られる丸め処理のパターンを整理します。基本的な考え方は「実際の労働時間より短く計算される処理は違法」ですが、罰則がない処理であっても、正確な時間管理の観点からは不適切なケースがある点に注意が必要です。

処理パターン適否解説
出勤打刻を所定始業時刻に切り上げ
例:8:53打刻 → 9:00出勤扱い
違法実際に働き始めた時刻より遅く記録されるため、最大14分(15分単位の場合)の労働時間が消える
退勤打刻を所定終業時刻に切り捨て
例:18:14打刻 → 18:00退勤扱い
違法実際に働いた時刻より早く記録されるため、残業時間の計算から漏れる時間が生じる
出勤・退勤の両方向に不利な処理
例:出勤は切り上げ+退勤も切り捨て
違法両側から削られるため、1日あたり最大28分以上の未払いが発生しうる。最も深刻なパターン
シフト開始・終了時刻への自動丸め
例:シフト9:00に対して8:53打刻 → 9:00扱い
違法シフト管理の便宜のために打刻をシフト時刻に自動補正するシステム設定。実労働開始時刻を消す処理になる
出勤打刻を切り捨て(早出として記録)
例:8:53打刻 → 8:45出勤扱い
罰則なし賃金の支払い上は労働者に不利にならないため罰則の対象にはならない。ただし実際の出勤時刻より早く記録されることになり、正確な時間管理の観点では不適切。早出時間が本当に業務開始前かどうかの実態把握は別途必要
退勤打刻を切り上げ(遅退として記録)
例:18:14打刻 → 18:15退勤扱い
罰則なし賃金の支払い上は労働者に不利にならないため罰則の対象にはならない。ただし実際より長く記録されることになり、正確な時間管理の観点では不適切
月間の時間外・休日・深夜労働合計に対する30分単位の端数処理通達で許容行政通達(昭和63年3月14日、基発第150号)により、月合計に限り「30分未満の切り捨て・30分以上の切り上げ」をセットで行うことが認められている。月によって損する月・得する月が生じるが、事務処理の簡便性の観点からトータルで許容するという趣旨

実際に起きた問題事例

以下はいずれも、打刻の丸め処理が原因で是正勧告・訴訟・未払い賃金の遡及支払いに発展した実例です。社名は伏せ、事実関係のみを整理しています。

大手ファストフードチェーン(2005年):30分単位切り捨てで是正勧告

大手ファストフードチェーンが、アルバイト・パート従業員の労働時間を30分単位で切り捨てる処理を行っていたとして、労働基準監督署から指摘を受けました。同社は過去の未払い残業代を精算・支給することを発表しています。

この処理の問題点

30分単位の切り捨ては、1回あたり最大29分の労働時間が消える設計です。シフトが月20日で毎回平均15分切り捨てられていた場合、月5時間分の未払いが発生します。アルバイトが数百人規模の大型チェーンでは、全体の未払い総額が膨大になります。

大手回転寿司チェーンA社(2023年):5分未満切り捨てで是正勧告

大手回転寿司チェーンが、アルバイトの労働時間計算において5分未満の端数を切り捨てる処理を行っていたとして、中央労働基準監督署から是正勧告を受けました。単位は5分と小さいですが、毎回の積み重ねは無視できません。

この処理の問題点

5分未満の切り捨ては「少ない」ように見えますが、1日2回(出勤・退勤)発生すれば最大8分の未払い。月20日勤務なら月160分(約2.7時間)の未払いになります。

大手回転寿司チェーンB社(2025年〜):出勤打刻を15分単位で切り上げ、是正勧告・遡及支払い

大手回転寿司チェーンが、出勤打刻を15分刻みで記録するシステムを使用しており、15分未満の出勤時刻が切り上げられ、その分の賃金が支払われていなかったとして是正勧告を受けました。同社は2025年12月1日以降に1分単位計算へ移行し、過去分については遡及して一部を支払うことを発表しています。

この処理の問題点

たとえば8:46に出勤打刻しても9:00出勤扱いとなり、14分の労働時間が消えます。労働組合の発表によれば「14分ぶんの賃金がカットされていた」との指摘があり、多くのパート・アルバイト従業員が対象となりました。

医療機関(2019年・裁判):時間外労働の15分未満切り捨てが違法と認定

医療機関が、残業時間のうち15分未満の時間を切り捨てて給与計算を行っていたことに対し、医師が未払い賃金を請求。医療機関側は「診療行為の裁量」を理由に適法と主張しましたが、裁判所は「労働基準法では1分単位で把握しなければならず、端数切り捨ては認められない」として医師の主張を認め、未払い残業代の支払いを命じました。

この裁判のポイント

「業種の特性(医師の裁量)」「長年の慣行」「切り捨て単位が小さい(15分)」いずれも違法性を排除する理由にはならないと裁判所は判断しました。この判決は、あらゆる業種・職種において丸め処理の違法性を明確に示した事例として参照されています。

🔴 判決のポイント

労働基準法は業種を問わず適用されます。「医師だから」「管理職だから」「少額だから」といった理由は、1分単位計算の義務を免除する根拠にはなりません。

「たった数分」が積み上がると——未払い額の試算

「1日数分の切り捨てなど大した金額にならない」と思われがちですが、従業員数と遡及期間を掛け合わせると相当な金額になります。

【試算例①】退勤打刻を15分単位で切り捨て(平均7分の未払い)
平均切り捨て時間1日あたり7分(最大14分の平均)
月間労働日数20日
対象従業員数50人
時給(割増込み)1,500円
月間未払い額:7分 × 20日 × 50人 ÷ 60分 × 1,500円 = 約175,000円
年間:約210万円 / 時効3年分:約630万円

 

【試算例②】出勤・退勤の両方を15分単位で不利に丸め
1日あたりの平均削減時間14分(出勤7分+退勤7分)
月間労働日数20日
対象従業員数100人
時給1,200円
月間未払い額:14分 × 20日 × 100人 ÷ 60分 × 1,200円 = 約560,000円
年間:約672万円 / 時効3年分:約2,016万円

 

【試算例③】1日3分の切り捨て(従業員100人・セコムあんしん勤怠コラムの計算式より)
1日の切り捨て時間3分
年間労働日数240日
対象従業員数100人
時間外手当単価1,500円/時間
年間未払い額:3分 × 240日 × 100人 ÷ 60分 × 1,500円 = 180万円
時効3年分:540万円

 

⚠ 時効の注意点

未払い賃金の消滅時効は、2020年4月の法改正により原則5年(当分の間は経過措置として3年)に延長されています(労働基準法第115条)。遡及対象期間が長くなったことで、気づいたときの負担額が以前より大幅に増えます。

例外的に認められる丸め処理

すべての丸め処理が違法というわけではありません。厚生労働省の行政通達(昭和63年3月14日、基発第150号)により、以下のケースは例外的に認められています。

認められるケース①:月間の時間外労働等の合計に対する端数処理

1か月の時間外労働・休日労働・深夜業の各合計時間に1時間未満の端数がある場合、「30分未満の端数を切り捨て、30分以上の端数を1時間に切り上げる」という処理をセットで行うことが、給与計算の簡便化のために許容されています(行政通達 昭和63年3月14日、基発第150号)。

この処理は、月によって「30分未満で切り捨てられて損する月」も「30分以上で切り上げられて得する月」もどちらも起こりえます。どちらかだけに偏らずトータルで見ると事務簡便の観点から許容する、というのが通達の趣旨です。ただし、これは「月合計」に対してのみ適用される例外であり、日ごとの処理には一切適用できません。

適用できる例・できない例

✅ 月間の時間外労働合計が31時間20分 → 31時間に切り捨て(30分未満のため)
✅ 月間の時間外労働合計が31時間40分 → 32時間に切り上げ(30分以上のため)
❌ 毎日の退勤時刻を15分単位で切り捨て → 違法(日ごとの処理であるため)
❌ 1日の時間外労働30分未満を切り捨て → 違法(日単位での処理であるため)

認められるケース②:打刻と実労働の乖離を実態に合わせて補正する処理

「始業時刻の1時間前に出勤し、コーヒーを飲みながら待機する」「終業後に雑談してから退勤打刻をする」など、打刻時刻と実際の労働開始・終了時刻に明確な乖離がある場合、実態に合わせた時刻に補正することは許容される余地があります。

💡 重要な前提

この補正が許容されるためには、「業務として指示していない時間であること」が会社側で客観的に説明できることが条件です。「打刻したら業務が始まる」という運用であれば補正の余地はなく、打刻時刻がそのまま始業時刻として扱われます。

勤怠管理システムの設定も要確認

見落とされがちなのが、勤怠管理システム自体の端数処理設定です。システムを導入していても、設定によっては自動的に丸め処理が行われている場合があります。新しいシステムでも設定次第で違法な処理が走ることがあるため、導入後の確認が必要です。

確認ポイントリスクの内容
「出勤打刻の切り上げ」設定システムが自動で出勤打刻を所定時刻・シフト開始時刻に切り上げている場合、早出出勤の賃金が未払いになる
「退勤打刻の切り捨て」設定退勤打刻が所定終業時刻・シフト終了時刻に切り捨てられている場合、残業時間の計算から漏れる時間が生じる
「残業申請がない場合は残業代ゼロ」設定打刻データ上は残業しているのに、申請がない場合に残業代が発生しない設定は未払い要因になりうる
シフト時刻への自動丸め打刻時刻をシフト開始・終了時刻に自動で合わせる設定は、シフト外の労働時間を消す処理になる
✅ 対処の基本方針
  • 勤怠管理システムの端数処理設定を確認し、打刻時刻を1分単位でそのまま記録する設定に変更する
  • PCログなど客観的な記録と打刻記録を定期的に照合し、乖離がある場合は理由を確認する仕組みを整える
  • 月間の時間外労働合計に対する端数処理(30分単位)は認められているため、月次集計の段階で処理することで合法的に簡便化できる
  • システムの設定変更後は、変更以前のデータに遡及リスクがないかを確認する

まとめ

本記事のポイント
  • 労働時間の管理は原則1分単位。丸め処理によって実労働時間が短くなる処理は、労基法第24条(全額払いの原則)に違反する
  • 出勤打刻の切り上げ・退勤打刻の切り捨て・シフト時刻への自動補正はいずれも違法。単位が5分でも15分でも30分でも同様
  • 出勤の切り捨て・退勤の切り上げは罰則の対象にはならないが、実際の時刻より早く・遅く記録されることになるため、正確な時間管理の観点では不適切
  • 月間の時間外労働合計に対する30分単位の端数処理は通達で許容されているが、「切り捨て・切り上げのセット」で行うことが前提であり、日ごとの処理には適用不可
  • ファストフード・回転寿司・医療機関など業種を問わず是正勧告・裁判に発展した事例がある
  • 「たった数分」でも従業員数と月日を掛け合わせれば数百万〜数千万円規模の未払いになりうる。時効が3年(原則5年)に延長されたため遡及額も増大
  • 勤怠管理システム自体の設定が丸め処理になっているケースもある。新システムでも設定確認は必須

打刻の丸め処理は「長年の慣行」「計算の手間」を理由に見過ごされてきたケースが多くありますが、是正勧告や訴訟に発展すれば、遡及支払い・付加金・会社名の公表という形で企業に大きな損害をもたらします。まず自社の勤怠管理システムの設定と運用ルールを確認し、1分単位での管理に移行できているかを点検することが出発点です。

 

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