「なんちゃってフレックス」の正体とは

——「フレックスタイム制です」と言われたのに、なぜか毎朝9時に出社している。あなたの会社のフレックス、本物と言えるのでしょうか?

採用説明会や求人票で「フレックスタイム制導入」と書かれているにもかかわらず、いざ入社してみると実態は普通の固定勤務とほとんど変わらない……そんな「なんちゃってフレックス」が横行しています。

問題は文化的なプレッシャーだけではありません。そもそも制度の設計や運用が労働基準法の要件を満たしていないケース、残業代の計算方法がまったく異なる別の制度を「フレックス」と呼んでいるケースが少なくありません。本稿では、なんちゃってフレックスの類型を法律の観点から整理したうえで、現場での具体的なパターンも紹介します。
 

そもそもフレックスタイム制とは何か

まずは、正確な定義を押さえておきましょう。

フレックスタイム制とは、労働基準法第32条の3に規定された制度であり、「清算期間(最長3か月)における総労働時間を定め、その範囲内で労働者が日々の始業・終業時刻を自ら決定できる」働き方です。この制度が有効に成立するには、法律上2つの要件を両方満たさなければなりません。

1つ目は、就業規則(またはこれに準ずるもの)に「始業および終業の時刻を労働者の決定に委ねる」旨を明記すること。
2つ目は、労働者の過半数代表者(または過半数組合)との書面による労使協定を締結すること。
この協定には、対象労働者の範囲・清算期間・清算期間中の総労働時間・標準となる1日の労働時間、そしてコアタイムやフレキシブルタイムを設ける場合はその時間帯を記載する必要があります。なお、清算期間が1か月を超える場合は、労使協定を所轄の労働基準監督署に届け出る義務もあるのです(違反した場合は30万円以下の罰金)。

また、残業代の計算方法も通常の固定勤務とは根本的に異なります。
固定勤務では「1日8時間または1週40時間」を超えた部分が時間外労働になりますが、フレックスタイム制では「清算期間全体の実労働時間が法定労働時間の総枠を超えた部分」が時間外労働となります。法定労働時間の総枠は「清算期間の暦日数 ÷ 7 × 40時間」で計算し、31日の月なら177.1時間、28日の月なら160.0時間が上限です。つまり、ある日に10時間働いても別の日に6時間しか働かなければ、月単位で帳尻が合う限り残業代は発生しません。

これがフレックスタイム制の本質であり、固定勤務とは制度の骨格が根本的に違うのです。

「なんちゃってフレックス」の4つの型

その① 時差出勤をフレックスと呼んでいる

最もよく見られるケースが、時差出勤とフレックスタイム制の混同です。

時差出勤とは、会社があらかじめ定めた複数の勤務パターン(例:8〜17時、9〜18時、10〜19時)の中から選択させる仕組みで、あくまで「シフトを選べる固定勤務」にすぎません。1日の労働時間は変わらず、残業の計算は依然として「1日8時間超」で行われます。

フレックスタイム制との決定的な違いは、日々の労働時間の長短を自由に調整できるかどうかです。時差出勤は始業・終業をスライドさせるだけとなり、「今日は6時間、明日は10時間」という調整はできません。

それにもかかわらず、「フレキシブルな働き方をしています」「フレックス制度があります」と称して時差出勤を導入している企業は多くあります。求職者が誤解したまま入社し、「こんなはずじゃなかった」と感じる人も多いのではないでしょうか。

―具体例―
Aさんの会社は「フレックス制」を謳っていますが、実態は8〜17時・9〜18時・10〜19時の3パターンから月1回選択するだけ。労使協定は締結されておらず、残業は日単位で計算。法律上はフレックスタイム制ではなく、単なる変則的な固定勤務です。

その② 残業計算だけフレックス、出勤はほぼ固定

これが最も労務リスクが高い類型です。

出勤時刻は事実上9時固定なのに、残業代の計算だけは「月の総労働時間ベース」で処理している場合です。つまり、フレックスタイム制の旨みである「月単位での時間外労働の計算」だけを採用し、労働者が得るべき「始業・終業時刻を自由に決める権利」は実質的に与えていない状態となります。

フレックスタイム制が適法に成立するためには、「労働者が始業・終業時刻を自由に決定できる」ことが前提でなければなりません。厚生労働省の通達でも、コアタイムが1日の労働時間とほぼ同程度になるような場合や、フレキシブルタイムが極端に短い場合は「フレックスタイム制とはいえない」と明示されています。

制度として認められないのに月単位の残業計算を適用した場合、本来なら日単位・週単位で発生していた時間外労働への割増賃金が未払いになっているケースがあります。これは労働基準法違反であり、過去2〜3年分の未払い残業代請求リスクを抱えることになるのです。

―具体例―
Bさんの会社は「フレックスタイム制(コアタイム9〜17時)」を導入しているが、フレキシブルタイムは8〜9時と17〜19時のわずか3時間のみ。実質的に全員が9時に出社し、コアタイムだけで法定労働時間をほぼ使い切っている状態。月末に総労働時間を集計して残業代を払っていますが、労働者が時間を自由に調整できない以上、これはフレックスタイム制として機能していません。

その③ 労使協定はあるが、形骸化している

就業規則と労使協定は一応整っているが、運用が伴っていないケースも多くあります。

法律上の手続きは踏んでいるため表面上は問題ないように見えますが、現場では「フレックスを使うと評価に響く」「遅く来ると上司に睨まれる」「会議が毎朝8時半から入っている」といった状況が続いており、制度は存在するが実態として使えない状態です。

特に問題になるのが36協定(時間外労働・休日労働に関する協定)との関係です。フレックスタイム制であっても、清算期間の総労働時間が法定労働時間の総枠を超える時間外労働をさせる場合には、36協定の締結・届出が必要になります。36協定を締結していないまま時間外労働が発生していれば、それは違法です。
また、フレックスタイム制の36協定では「1日の延長時間」を定める必要はありませんが、「清算期間を通算した時間外労働の上限時間」を定める必要があり、それが月45時間・年360時間の上限規制に縛られることは通常の勤務と変わりません。

―具体例―
Cさんの会社は労使協定も36協定も揃っており、書類上は完璧なフレックスタイム制。しかし月末に業務が集中し、実質的に毎月50〜60時間の時間外労働が発生。36協定の特別条項が適切に整備されていないまま月45時間を超えた残業が常態化しており、是正勧告リスクを抱えています。

その④ コアタイムが事実上フルタイム

制度の設計自体がフレックスタイム制の趣旨を逸脱しているケースです。

例えば、「コアタイム9時〜17時、フレキシブルタイム7時〜9時・17時〜22時」という設定は、一見するとフレックスらしく見えます。しかし所定労働時間が8時間なら、コアタイム8時間だけで1日の所定労働時間が埋まってしまいます。フレキシブルタイムを使う余地があるのは早出か残業の時間帯だけであり、「遅く来る」「早く帰る」という本来の使い方ができません。

厚生労働省はこの点について明確に注意喚起しており、コアタイムの時間数と所定労働時間がほぼ一致するような設定は「労働者が始業・終業時刻を自由に決定するという趣旨に反する」としてフレックスタイム制として認められない可能性があるとしています。

―具体例―
Dさんの会社は「コアタイム10時〜17時(7時間)、フレキシブルタイム7〜10時・17〜22時」で、標準労働時間は7時間45分。実質的にほとんどの日はコアタイム内に収まってしまい、15分の端数を調整するためにフレキシブルタイムを使う程度です。「フレックスで来る時間を変えられる」という感覚が社員にはまったくなく、フレックス制度が形骸化しています。

なぜ会社は「なんちゃってフレックス」をやめられないのか

制度設計が不十分なまま導入されてしまう背景には、いくつかの構造的な問題があります。

一つは、「フレックスタイム制を導入すること」が採用や広報の目的になってしまい、実際の運用設計が後回しになること。求人票に「フレックス制度あり」と書けるかどうかが先行し、労使協定の内容やコアタイムの設計が形だけ整えられた状態です。

もう一つは、残業管理の面で会社側に誤解があること。「フレックスにすれば日単位の残業管理が不要になって楽になる」と思い込み、残業計算をざっくり月単位にしたほうが得だと考える会社があります。しかし実際には、フレックスタイム制が有効に成立していなければ月単位計算は認められず、本来発生していた日単位残業代の未払いが蓄積されるリスクになるのです。

また、管理職や人事担当者自身がフレックスタイム制の仕組みを正確に理解していないことも多いようです。「うちはフレックスだから、月の時間で残業計算している」「労使協定は昔締結したはず」という曖昧な認識のまま何年も運用が続いているケースは珍しくありません。

自分の会社の「フレックス」を確認する方法

働いている側として、まず確認すべきポイントは以下の通りです。

まずは、就業規則に「始業・終業時刻を労働者の決定に委ねる」という文言があるかを確認しましょう。労使協定が締結されているかを確認することも大切です。そして実際に自分が始業・終業時刻を自由に決められているか、コアタイムの時間数が所定労働時間のほぼ全体を占めていないかを確認しましょう。

これらのいずれかに問題があれば、その制度は法律上のフレックスタイム制として機能していない可能性があります。その場合、月単位で残業計算されていることで本来支払われるべき残業代が削られているリスクがあります。未払い残業代の請求権は3年間有効なため、証拠となるタイムカードや入退館記録は早めに保全しておくことをお勧めします。

まとめ

フレックスタイム制は、正しく設計・運用されれば労働者にとって非常に有用な制度です。しかしその恩恵を受けるには、「始業・終業時刻を自分で決められる」という本質が実際に保証されていなければなりません。

制度として認められない、あるいは認められるとしても実態として使えない「なんちゃってフレックス」は、単なる文化的な問題にとどまらず、残業代未払いや労基署対応などの法的リスクを会社に、そして不利益を労働者にもたらします。

会社側は改めて自社の制度設計を労務専門家と点検すること、そして働く側は自分が適用されている制度の中身を正確に把握することが、働き方の実質的な改善につながる第一歩になるでしょう。
 

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