IPO準備で社労士が実施する労務監査とは?確認ポイントも解説
IPOの実現に向けて準備を進めるなかで、主幹事証券会社から社労士による労務監査を受けるよう指示されることがあります。最近の特徴として、上場審査において実質審査基準の比重が高まっていることもあり、労務監査の重要性が増しているといえます。社労士が実施する労務監査とは、どのような内容なのでしょうか。
本記事では、社労士が実施する労務監査の概要や、上場に向けて確認すべき労務のポイントを解説します。ぜひ参考にしてください。
社会保険労務士法人南大阪総合労務事務所(株式会社AXIAパートナー代表)
竹内 雅史 氏
金融機関で新規事業に携わり、在籍中に社労士を取得。社労士事務所を経て、コンサルティング会社にて、人事・労務コンサルティングを経験。評価システム(ミライク)の開発実績有。現在は、南大阪総合労務事務所に所属しながら、株式会社AXIAパートナーを設立し、人事・労務コンサルティングをメインに、「人」に関する総合サービスを展開中。人事制度× 社労士× システムの専門性を掛け合わせ、全体最適を目指します。IPOや労務監査(DD)、人事制度の実績も多数あり、親身な対応が評価されています。
目次
IPO準備で社労士が実施する労務監査とは?
労務監査を実施するには、労働諸法令や労働問題に対する深い見識が必要です。そのため、人事・労務の専門家である社会保険労務士に監査を依頼することが一般的です。社労士は、企業の労務管理体制をあらゆる角度からチェックし、労働実態が法令に則しているか判断し、適切なアドバイスを行います。ただし、IPOにおける労務監査については普段の社労士業務とは異なる論点や視点、経験が求められますので、依頼する社労士に実績を確認したほうがよいでしょう。
労務監査は企業の担当者に対するヒアリングやアンケート、書面上(就業規則・36協定等)の調査などによって行います。IPOにあたって労務監査を実施することで、自社内では気づけなかった問題点を発見でき、内部管理体制を強化する足がかりとなります。
IPO準備で社労士が労務監査を実施するタイミング
労務監査を実施する時期は、N-3期と呼ばれる「直前々々期」と、N-1期と呼ばれる「直前期」の2回実施するのが一般的です。
N-3期で監査を受ける狙いは、監査法人によるショートレビュー(IPOに向けての課題を洗い出す予備調査)の前に監査を実施することで、監査法人に選ばれやすくするためです。近年、監査法人は深刻な人手不足により、できるだけ経営課題の少ない企業を選ぶ傾向があります。N-3期に労務監査を終えていることは、労務管理体制が一定の水準であることの証明となります。
さらに、N-1期で再び労務監査を受ける理由は、労働諸法令は改正が多く、最新の改正に対応しているか直前に確認する必要があるためです。2回の労務監査によって、万全の状態で上場審査に臨めるようになります。
社労士等による労務監査が必要な理由
労務監査はIPOの必須要件ではありませんが、必要な理由として、以下の2点が挙げられます。
- 上場審査で実質審査基準が重視される傾向のため
- 客観的な評価が必要なため
それぞれについて詳しく解説します。
上場審査で実質審査基準が重視される傾向のため
上場審査には、形式要件と実質審査基準の2種類があります。これまでは、株主数や時価総額、利益の額などの形式要件を満たしていれば審査をクリアできる傾向がありましたが、最近の特徴として実質審査基準が重視されるため、形式要件だけの整備では審査に通らない場合があります。
実質審査基準には数値などの明確な尺度は存在せず、企業が安定的に収益を上げ、適切な管理体制を構築し、将来を見越した健全な経営を行っているかなど、質的な側面から評価します。
実質審査基準のなかでも、労働基準法が守られているかは重要なポイントです。働き方関連法の施行など社会的な動きも相まって、適切な労務管理ができていない企業は、今後労務管理上の問題が発生するリスクが高いと判断されてしまいます。労務監査を受けることで、自社が労働基準法を遵守できているかを客観的に判断できます。
客観的な評価が必要なため
上場審査の審査基準は厳しく、クリアするためには自社の現状について正しく把握し、改善を図る必要があります。そのためには、第三者による客観的な評価が不可欠です。
企業が自力ですべてを担うことは不可能ではありませんが、注意すべきリスクは多岐に渡るため、自社のリソースだけでまかなうことは困難を極めます。人事・労務の専門家である社労士に労務監査を依頼してプロの視点から自社を客観的に分析してもらうことで、効率的に改善策を講じることができます。
IPO準備企業が確認すべき労務リスク
IPO準備企業が確認すべき労務リスクは、以下の9つです。
- 就業規則・規定の整備
- 雇用契約書の作成
- 社会保険への加入
- 労働時間の適切な管理
- 36協定の締結・届出
- 未払いの残業代の有無
- 安全衛生管理体制の整備
- ハラスメントへの対応
- 有給休暇の取得状況
それぞれについて詳しく解説します。
就業規則・規定の整備
IPOを実現するためには、人事労務に関する規則・規定の整備と従業員への周知、適切な運用が重要です。人事労務に関する規則・規定とは、就業規則や給与規程をはじめ、退職金規程、育児介護休業規程、旅費規程など、多岐に渡ります。
IPOにあたっては、これらの規則・規定が整備され、適切に運用されているかあらゆる角度からチェックされます。近年ではテレワークや在宅勤務を導入している企業が増えていますが、導入している場合は在宅勤務規程の整備も必要です。昨今法改正も頻繁に行われるため、随時見直しをする必要もあるでしょう。
労働条件通知書(雇用契約書)の作成
労働条件通知書の作成も大事なポイントです。労働条件通知書は書面での交付が必須ではなく、口頭での合意でも問題ありませんが、労働時間や残業管理の基本となる書類のため、書面による交付が望ましいでしょう。
労働条件を明記した労働条件通知書を交付することで、企業側と従業員の認識の違いによるトラブル発生のリスクを抑える効果があります。万が一トラブルに発展した場合も、労働条件を記録として残しておくことで企業側としては対応が取りやすくなるメリットもあります。必ず記載しないといけない項目もありますので、注意が必要です。
社会保険への加入
健康保険や厚生年金、雇用保険などの社会保険の加入漏れも労務リスクとして注意すべきポイントです。パート従業員やアルバイトなども一定の基準を満たす場合は社会保険に加入させる義務があります。
社会保険の未加入は法令違反にあたるため、IPO審査の通過が困難になる可能性があります。さらに、加入漏れが生じると過去2年間にさかのぼって社会保険料を納める必要が生じるため、金銭的なリスクも高いといえます。
労働時間の適切な管理
従業員の労働時間の管理は、厚生労働省の「労働時間の適切な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に沿って実施する必要があります。当該ガイドラインには、労働時間について客観的なデータにもとづいて適正に記録することが必要である旨が明記されています。労務監査においてもPCログやタイムカードなどの記録と実態が合致しているかは重要なチェックポイントです。
労働時間の適切な管理を怠り、過重労働が原因で従業員が過労死するなど最悪の事態となった場合、企業としては多額の損害賠償が必要となるケースも想定されます。当然ながらIPO審査の通過は困難になるでしょう。
PCログ機能のある勤怠管理システム等で労働時間管理の体制を強化し、打刻時間を上書きできないようにするなど、勤務時間を正しく把握するためのシステムを整備することも大切です。
36協定の締結・届出
36協定は、過重労働を防止するための基本的な対策です。企業は法定労働時間を超える時間外労働や休日労働を従業員に命じる場合、従業員の代表者などと協定を結び、労働基準監督署に届け出なければなりません。
36協定は従業員と使用者の間で労働時間の取り決めをし、従業員に不利な労働時間にならないことを目的としています。また長時間労働にならないための目安にもなります。届け出が漏れていることによって是正勧告を受けた場合、すぐに労働環境の見直しに着手し、改善を図った旨を記した報告を提出する必要があります。
未払いの残業代の有無
労務監査で残業代の未払いについて指摘されるケースは多くあります。残業代の未払いがあると労務管理が不十分であると判断され、IPOの審査通過は困難になります。
残業代の未払いを防ぐためには、労働時間の適切な把握が不可欠です。労働時間の管理方法自体に問題がある場合はシステムを見直すなど、体制を整える必要があります。また、就業規則や給与規程と給与計算方法に齟齬がある場合は、実態に即した規則・規定への見直しが必要です。割増賃金が正しく計算されているかもしっかりと確認しておく必要があります。
安全衛生管理体制の整備
社内の安全衛生管理体制の整備や運用も重要なポイントです。労働安全衛生法では、常時50名以上の事業場においては、衛生管理者や産業医の選任、月1回の衛生委員会の開催、年1回のストレスチェックの実施などについて定めがあります。
近年は過重労働に起因する従業員のメンタルヘルス不調の問題が増えており、業務上の災害として認められると、企業の安全配慮義務違反が問われることもあります。IPOを実現するには、社内の安全衛生管理体制の確立が求められます。
ハラスメントへの対応
2020年に改正パワハラ防止法が施行され、2022年4月からすべての企業においてパワハラ防止措置が義務化されました。相談窓口の設置やパワハラを起こさせない体制づくりが求められています。
法律上の義務を怠り社内でパワハラが発生した場合、企業の責任がこれまで以上に厳しく問われることとなります。ハラスメントの相談窓口の設置や、従業員への研修、「メンタルヘルス対応マニュアル」を作成するなど、従業員が働きやすい健康的な職場を実現するための十分な対策が必要です。
有給休暇の取得状況
労務監査では、従業員の有給休暇の取得状況も重要なポイントとなります。2019年4月の労働基準法改正により、年間10日以上の有給休暇が付与される従業員については、最低5日の有給休暇を消化させることがすべての企業に義務付けられました。
労働基準法違反があると、行政指導や訴訟などのリスクが生じ、上場審査にあたっての障壁となります。IPOを目指す企業にとっては、労務管理にかかわるコンプライアンスの強化が必須です。
IPOまでの流れ
IPOの意思を固めてから実現に至るまでの流れは、証券取引所の上場審査に申請する決算期をN期とし、以下の4つの期間に分類して考えます。
- N-3期
- N-2期
- N-1期
- N期
それぞれの詳細を解説します。
N-3期
N-3期は、IPO準備の助走期間ともいえる時期です。監査受入に向けての人材確保やIPOに必要な管理体制の強化および構築が求められます。また、この期間に監査法人などによるショートレビューを受け、IPO準備の段階で検討すべき課題の洗い出しをするとよいでしょう。
近年では特に、N-3期から適切な労務管理体制を整えておくことが重要なポイントとなります。
N-2期
N-2期では、監査法人のショートレビュー結果を踏まえ、改善すべき事項の明確化や内部管理体制の強化など、より具体的な社内体制の整備を進めます。
また、N-3期末からN-2期首にかけて、監査法人の予備調査を受けます。予備調査では、監査を受け入れてもらうための体制が整っていることやN-2期の期首残高を確認します。
N-1期
N-1期は、IPOのテスト期間ともいえる時期です。上場会社にふさわしい管理体制を期首から運用する必要があります。上場にあたっての申請書類やその他必要な書類のドラフトを作成し、主幹事証券会社による審査がスタートします。
また、N-2期に引き続いて監査法人と監査契約を結び、N-1期にかかわる監査を受けます。
N期
N期では、N-1期に構築した体制を運用するとともに、上場に必要な申請書類などを完成させ、証券取引所に上場申請します。上場審査の期間は、一般的に2~3カ月程度です。
無事に証券取引所に上場が承認されれば、IPOが実現したことになります。株式の公募や売り出しをする場合は、有価証券届出書の作成が必要です。
IPO準備で社労士に労務監査を依頼するときのポイント
IPO準備で社労士に労務監査を依頼する際は、いくつかポイントがあります。
- 費用の明確さと透明性
- 労務監査の実績の豊富さ
- コミュニケーションの取りやすさ
それぞれについて詳しく解説します。
費用の明確さと透明性
労務監査の費用については明確な基準はなく、事務所ごとに違いがあります。労務監査を依頼するためにインターネットで社労士事務所の料金体系を調べようと思っても、詳細が書かれていないケースも多くあります。そのような場合は、電話などによる問い合わせが必要です。
料金を確認する際のポイントは、基本料金以外に別途費用が発生する可能性があるかどうかです。費用について詳細を話すことを避けるような態度や曖昧な回答が多い社労士事務所とは契約しない方が賢明でしょう。
労務監査の実績の豊富さ
社労士にはそれぞれ得意分野があります。そのため、依頼前に労務監査の実績がどのくらいあるのか確認することをおすすめします。ホームページで実績が公開されている事務所も多いため、確認してからコンタクトを取るとスムーズでしょう。
また、依頼を検討している社労士の前職が公表されている場合は、チェックすることもポイントです。社労士の前職が自社と同業であったり近い分野であったりする場合は、自社の状況をより深く理解したうえで有効な提案を受けられるでしょう。
コミュニケーションの取りやすさ
コミュニケーションの取りやすさも大切なポイントです。実績が豊富で能力の高い社労士でも、相談しづらい雰囲気があったり企業側の要望に対するレスポンスが遅かったりする社労士はおすすめできません。ビジネスパートナーとして、必要なときに気軽に相談できる相手を選ぶことが重要です。
「相性を見極めるのが難しい」と感じる場合もあるかもしれませんが、多くの社労士事務所は初回の相談を無料で行っています。そのような相談の時間を有効に活用し、コミュニケーションの取りやすさを判断することが大切です。
まとめ
IPOの審査基準をクリアするためには、N-3期から適切な労務管理体制を整えておくことが重要です。労務管理体制の整備にあたっては社労士による労務監査を受け、客観的な視点からアドバイスを受けることが有効です。
「MINAGINE勤怠管理」は、IPO実現に向けての労務管理を徹底的にサポートします。IPOにおいて特に重要なPCログによる客観的な労働時間の管理が可能です。煩雑な労務作業をアウトソーシングしたいニーズにも応えることができます。IPO実現に向けて、ぜひ「MINAGINE勤怠管理」の導入をご検討ください。
社会保険労務士法人南大阪総合労務事務所(株式会社AXIAパートナー代表)
竹内 雅史 氏
金融機関で新規事業に携わり、在籍中に社労士を取得。社労士事務所を経て、コンサルティング会社にて、人事・労務コンサルティングを経験。評価システム(ミライク)の開発実績有。現在は、南大阪総合労務事務所に所属しながら、株式会社AXIAパートナーを設立し、人事・労務コンサルティングをメインに、「人」に関する総合サービスを展開中。人事制度× 社労士× システムの専門性を掛け合わせ、全体最適を目指します。IPOや労務監査(DD)、人事制度の実績も多数あり、親身な対応が評価されています。
労務監査は指摘されないことが重要ではなく、課題を出し切ることが非常に重要になってきます。出てきた課題は改善が必要ですので、労務監査を実施する際の社労士は長く付き合える社労士がよいでしょう。労務監査を早めに実施し改善を図ることで、従業員の離職率低下や満足度の向上も図れ、業績貢献にもつながるでしょう。